【ひきこもりの原因と脱出法】ひきこもりを救うのは「何気ない無償の優しさ」

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ひきこもり。外界との関わりを遮断し、孤独とともに生きる。

彼らを救うのは「何気ない無償の優しさ」だと思う。

私自身、学校が楽しくなかった。

むごいイジメを受けたわけではないが、信頼していた友人に裏切られたり、教師から暴言を吐かれるたび、誰も信用できなくなった。幸い、私には家族や幼馴染がいたので、彼らの優しさに触れることで傷を癒していた。しかし彼らがいなかったら……「この世に優しさなんてないのかな」と思い悩み、外との関わりを断然したかもしれない。

人間不信の恐ろしいところは、誰かに優しくされても「何か裏があるんじゃないか」「優しいのは今のうちだけで、いずれ私のことを見捨てる」と思ってしまうところ。

こうした不信感を募らせる態度が、逆に不和をもたらし、周囲から人が消えていく。しかし当人は自分のせいとは思わず、「ほら見たことか」と人間不信の考えをさらに確信させる。

一度閉ざされた心の扉は簡単には開けない。

人間不信の経験がない方は、「壮絶な喧嘩をした人と再び仲良くなる難しさ」に置き換えてほしい。よほどの縁や互いのメリットがなければもう一度よりを戻そうとは思わないはずだ。

先日放送のNHK「プロフェッショナル」にて、ひきこもり支援活動を行なう石川清氏が紹介された。彼はひきこもり当事者と真摯に向き合う。そこに建前はない。

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NHKプロフェッショナル 仕事の流儀「ひきこもり支援・石川清」より)

彼の主な収入は、支援依頼と講演。しかしとてもそれだけでは生活出来ず、妻の稼ぎで何とかやりくりしているという。つまり、彼の活動は金や地位のためではない。「依頼者にありがとうと言われた時が喜び」と語る石川氏。しかし、偽善者と罵られることも多々あるこの活動よりも感謝を受ける仕事はたくさんある。

なのに何故、彼はひきこもり支援を続けるか?過去に自分もひきこもりかけた経験がある……といった背景もあるだろうが、何より「無償の優しさ」が大きいと感じる。

救うことで何かを得たいわけではない。優しくすることで見返りを求めるつもりはない。こうした優しさが、心の扉を開く唯一の手段と思う。

石川氏が若いころ、貧困国へ旅に出かけた時のこと。

病気にかかり倒れる石川氏に対し、国民は食糧や水を恵んでくれたそう。

自分たちも貧しく、明日の生活もままならないのに、石川氏を救う道を選んだ。そこに裏はないし見返りを求める姿勢もない。

中学時代、仲良しの友人が引きこもりになったことがある。

私や教師、彼の家族が何度かアプローチしたものの、結局彼が戻ることはなかった。

今にして思えば、「もう一度彼と遊びたい」という気持ち以外にも、「学校に友人がいないから彼がいないと困る」「こうやって引きこもりにアプローチしてる自分って偉いよな」という別のエゴがあったように思う。それを、友人は見抜いていたのかもしれない。石川氏のように全てを取っ払い寄り添っていれば……友人は戻ってきたのかもしれない。

引きこもりの方々が苦しむもうひとつの問題として働くことのハードルの高さがある。

引きこもりの親が最も心配するのは、このまま親がいなくなってから子どもは生きていけるのか……ということ。ゆえに働いてほしいと願う。この「働く」ことのハードルを高く見積もりすぎるあまり、なかなか一歩を踏み出せない。

石川氏の友人は、引きこもりの男性に「働く」ことは何かを告げる。

働くってのは金を稼ぐことじゃない。社会的価値のある存在になることだ

何かのためになることをすることが働くこと。稼ぎは自然とついてくる……。甘い考えと一蹴されるかもしれないが、引きこもりの方々にとっては救われる言葉と思う。

今も増え続ける引きこもり。

私たちの小さな優しさが、彼らの心の扉を開くきっかけになる。

コメント

  1. kabutoga2 より:

    石川かおやばない?

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