松本人志Predents「FREEZE(フリーズ)」シーズン2(感想&考察)

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松本人志が放つ「いじめ笑いの究極系」、FREEZEのシーズン2を感想&考察します!

松本人志、参戦!

「シーズン1は批判がすごかった。いじめや、松本殺すぞ」

冒頭。松本人志が本番組のアンチコメントに触れた。

隔離された部屋で受ける脅しと暴力。それに「耐える」という構図はいじめと捕らえられてもおかしくない。

しかし、そもそもダウンタウンの笑いは「いじめ」である。

年末恒例の「笑ってはいけない〜」は、笑ったら尻を叩かれる。

しかし、「笑ってはいけない〜」は年末年始に放送される人気番組であり、それに対する批判は少ない(正確に言えば恒例になりすぎて少なくなっている)

つまり、明らかに「いじめ」の構図でありながら、毎年放送し続けたことで「笑い」として定着し始めたのである。

そう考えると「FREEZE」も、次第に「いじめ」の認識が消えていくのか?といえば、おそらくシーズン1のスタイルのままであればいじめであり続けただろう。

なぜなら、「笑ってはいけない〜」は笑いの権威=上の立場の人間が尻を叩かれる。対してFREEZEは上の立場がその権威を使い、自分より下の立場に暴力を受けさせる。

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この「上下関係」が発生したことで、「いじめ」の色がより強まった気がシマス。

しかし、それは本番組のような笑いの形態だとある意味当然の話なのだ。

同じく松本プレゼンツの「ドキュメンタル」でもそうだが、この「いじめ」に対して笑ってツッコめる存在が松本人志以外にいない。

(C)2017 YD CREATION

松本人志より下の立場の人間になると、自分より上の立場の人間がいじめられている様子に対して、気を遣ってツッコめない、笑えないという事態が想定される。

ゆえに今回のシーズン2では、松本人志がコメントしつつ、彼自身も当事者になる、という「笑ってはいけない〜」と同じ構図を採用した……と推定される。

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ちなみにドキュメンタルは「リアルタイムで起きることにジャッジを下す」という性質上、松本人志は参戦できないでしょう。

緊張感が消え、さらに「いじめ」要素が強まる

今回、松本人志の参加は「アンチコメントへの対応」という意味合いだけで、それ以外のメリットはないように感じた。

なぜなら、彼が参加することで、メンバーたちが「楽しんで暴力を受けている」印象に変わったからである。

©2020 YD Creation

以前は「あの天下の松本人志の命令だから、従わざるをえない」という空気のなか、芸人が緊張感を持って、イヤイヤ暴力を受けていた。

対する今回は松本人志が彼らと同じ立場に降りたことで、その上下関係が緩和され、和気藹々とした空気が増した。

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コレ、個人的には「さらにいじめ要素が強まった」ように感じました。

参加者たちが楽しんで嫌な目に合っている、という印象を与えることで、「これは良いことなんだ、これをされると嬉しいんだ」と勘違いする若年層が増える……という解釈が現れるように思った。

松本人志が参加しても「いじめ」、参加しなくても「いじめ」。

どちらに振れても「いじめ」色が薄まることはない。

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なので本番組は「いじめ」批判の解消を課題にせず、好きに作ればいいと思いました(それがネット番組の良さ!)

しかし、結局のところ、参加者は「オファーを受けて」ここへ来てるわけで、「強制的に」参加しているわけではないし、特定の誰かを痛めつけるわけではない(平等に暴力を受ける)点で、社会問題として起きている「いじめ」の構図からははみ出している。

笑いの「いじめ」

笑いの表現としての「いじめ」と社会問題としての「いじめ」。

この両者の線引きは、客観的には判断しずらい。

どれだけ分析しても当人の「主観」や「過去の個人的体験」が挟まれるため、明確な線引きがしづらい。

そのうえで言えば、私は本番組は「笑いのいじめ」であり、ゆえにシーズン2が製作されるほど人気を博している、と考える。

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というわけで以上、FREEZEシーズン2レビューでした!

画像引用:©2020 YD Creation

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