【体験談】「集団」になると脅威になるヒトは個としては弱い

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個人VS個人の戦いは、実にフェアだ。私も何度か経験したが、負けても後悔や怒りを感じたことはない。納得のいく敗北だった。

しかし、集団VS個人はどうか?といえば、納得のいかない経験のほうがはるかに多い。

社会人1年目時代。上司からの理不尽な口撃に、私は反抗しようとした。が、くるりと周囲を見回すと、その上司にいざ助太刀致すとばかりに諸先輩方が私を見つめていた。

「ここで反抗すれば、村八分にされる」

その考えが、脳裏をよぎった。結果、私は押し黙るしかなかった──

こうした経験は社会人生活だけでない。学校など、あらゆるシークエンスで体験したし、読者の方々も大なり小なり一度は経験してるはずです。

個人としてなら存分に戦えたのに。主張し合えたのに。こうした後悔が、自分のなかの「納得のいかなさ」を膨らませる。

では、その「私を攻撃する個人」は、集団から離れた時どうか?と聞かれれば、私の経験上、総じて「戦ったらすぐに勝てそう」なんである。

なぜか?と考えるに、集団のなかでしか攻撃できないメンツは往往にして「自分がない」。

つまり、集団の波に乗って私に押し寄せているだけで、自らの意思は薄いのだ。

そのため、個人として戦うと、「集団」という波がなくなるので、攻撃がうまく軌道に乗らない。一方、個人として戦い続ける者は自ら波を生み出しているので、相手を飲み込むことができる。

しかし、集団で攻撃する系個人たちは、ひとりの時は総じて突っかかってこないし、私のそばを通ると目も合わせようとしない。ゆえに、戦う場合はこちらから仕掛けなければならないわけだが、こっちから仕掛けるとただの「やっかみ」になる。個人として戦う者はたいてい「そこまで落ちぶれたくない。そんなことすればあいつらと同じになってしまう」と考え、闘志を引っ込める。

スカっとはしない終幕となるが、私は、それが正しいと思う。

というのも、集団の波にしか乗れない者は、集団が変わるごとに自分を変えないといけない。こうして自分を見失い、結果、「自分の納得のいく人生」ではなく「みんなが見て納得のいく人生」に変わる。それでもある程度は幸せだが、「周りと同じように生き続けないと自分を失い、結果、自信を失う」。

いっぽう、個人として戦い続ける人間は、自分を持ち続けているため、集団が変わるごとに大幅に自分を変える必要はない。し、たとえ集団からハジかれても「自分」があるので自信は常に存在する。結果、「自分の納得のいく人生」が送れるだろう。

どちらがいい、悪いではない。「自分がどちらを生きたいか?」で決めるべき。

しかし、おそらく集団で攻撃する組は決めることができない。なぜなら「自分」がないからである。

……と、深夜テンションで偉そうに講釈書いてしまいました(汗)自分に言い聞かせるつもりで書いたりシテマス。集団の海にいながら、自分の波に乗って生き続けたい。てか生き続ける。

以上、【体験談】「集団」になると脅威になるヒトは個としては弱い、でした!またね。

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